認知症の親の家を売る方法|成年後見と家庭裁判所の許可【2026年版】
親が認知症になり、親名義の実家が空き家のまま残っている。子どもが代わりに署名して売ってしまえばよさそうに見えますが、それはできません。最初に核心を3点でまとめます。
- 意思能力を欠く状態で結んだ売買契約は無効です(民法第3条の2)。契約書を交わしても、売買そのものが法的に成り立ちません
- 委任状でも回避できません。委任状を作ること自体が法律行為なので、意思能力を欠く親は有効な委任状を書けません
- それでも売る道はあります。成年後見制度で後見人を選任し、実家が「居住用」に当たるなら家庭裁判所の許可を得て売却する手順です
この記事が扱うのは「親が存命で、認知症により意思能力を欠いている」場合の売り方だけです。親が亡くなったあと(相続後)の売却は相続した空き家の売り方を参照してください。
認知症の親の家の売却 状況別ガイド

💡 この章の要点: 上から順に読めば、手続きの時系列どおりに進みます。最も多い誤解は「家族の委任状で売れる」なので、急ぐ方もまず次の章だけは確認してください。
| あなたの状況 | 読むべきセクション |
|---|---|
| なぜ親名義のまま売れないのか知りたい | 家族が代わりに売れない理由 |
| 後見と保佐と補助の違いを知りたい | 成年後見制度の3類型 |
| 家庭裁判所の許可について知りたい | 家庭裁判所の許可と査定書 |
| 期間と費用を知りたい | 申立てから決済までの流れ |
| 親はまだ元気なので備えたい | 任意後見という備え |
| 制度が変わると聞いた | 2026年の法改正 |
認知症の親名義の家は、家族が代わりに売れない
💡 この章の要点: 意思能力を欠いた状態の売買契約は無効です(民法第3条の2)。委任状でも代筆でも回避できません。ただし「認知症の診断がある=売れない」ではなく、契約の時点で意思能力があるかで決まります。
根拠になる条文は一つです。
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。(民法第3条の2)
条文が問うのは診断名ではありません。売買契約という意思表示をした「時」に、本人が意思能力を持っていたかどうかです。
- 軽度で意思能力が残っている場合: 本人が自分で契約して売れる可能性はあります。ただし、あとから無効を争われないよう、医師の診断を踏まえて司法書士や弁護士の関与のもとで慎重に進める必要があります
- 意思能力を欠く状態の場合: 本人の契約は無効です。家族の代筆は論外として、委任状による代理もできません。委任契約を結ぶこと自体に意思能力が要るからです
- 実印や権利証がそろっていても同じです: 書類の問題ではなく、契約の意思表示ができるかどうかの問題だからです
では手詰まりかというと、そうではありません。法律は「本人の代わりに判断する人」を正規の手続きで立てる道を用意しています。それが成年後見制度です。
なお、相続人の中に認知症の方がいる遺産分割は相続登記の義務化、共有者の1人が認知症のケースは共有名義の空き家がそれぞれ担当しています。
売却の入口は成年後見制度|後見・保佐・補助の違い
💡 この章の要点: 法定後見には後見・保佐・補助の3類型があり、親の判断能力の程度で分かれます。不動産売却を代理できるのは原則成年後見人。保佐・補助では代理権付与の審判を別に取らないと売却を任せられません。
成年後見制度は、判断能力が不十分な人を法律面で支えるため、家庭裁判所が関与して後見人などを選ぶ制度です(法務省・成年後見制度Q&A)。認知症が進んだ親の家を売る場面では、この制度を通すのが正規の手順になります。
3類型の違いを表にまとめます。
| 類型 | 親の判断能力 | 不動産売却との関係 |
|---|---|---|
| 後見 | 欠けているのが通常の状態 | 成年後見人が本人を代理して売却できる(居住用は家裁の許可が別途必要) |
| 保佐 | 著しく不十分 | 重要な行為に保佐人の同意が必要。ただし売却の代理権は自動では付かず、代理権付与の審判を別途申し立てる |
| 補助 | 不十分 | 特定の行為ごとに同意権・代理権を付与する審判が必要 |
申立てにあたって押さえておくことは3つです。
- 申立てできる人: 本人、配偶者、四親等内の親族、市町村長などです
- 類型は家庭裁判所が判断します: 医師の診断書などをもとに、親の状態に応じた類型が決まります
- 「保佐なら早そう」は遠回りになりえます: 保佐で売却を任せるには代理権付与の審判がもう一段必要です。売却が目的なら、申立ての設計段階で司法書士や弁護士に相談するのが近道です
家庭裁判所の許可と査定書|空き家の実家も「居住用」になりうる

💡 この章の要点: 成年後見人でも、本人の居住用不動産を売るには家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。施設入所で空き家になった実家も「居住用」に当たりえます。許可の申立てでは不動産業者の査定書などで処分の必要性を示します。
後見人さえ付けば自由に売れる、と考えたくなります。実際には、もう一段の関門があります。
成年後見人が本人の居住用不動産を売却・賃貸・取り壊し・抵当権設定するには、家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。住まいは本人の生活の土台なので、後見人であっても単独では処分させない仕組みです。
「もう施設に入っていて誰も住んでいないのだから、居住用ではないのでは」と思うかもしれません。裁判所の案内では、「居住用」には次が含まれるとされています。
- 現に住んでいる不動産
- 入院や施設入所の前に住んでいた不動産: 空き家になっている実家は、多くの場合ここに当たります
- 将来居住する可能性がある不動産
許可の審査では「処分の必要性」を資料で示す
家庭裁判所は、売る必要が本当にあるのかを資料で確認します。売却の場合に裁判所が標準的な添付書類として挙げているのは次のとおりです。
- 売買契約書の写し: どんな条件で売るのか
- 処分する不動産の評価証明書: 固定資産税評価の裏づけ
- 不動産業者作成の査定書: 市場でいくらの物件なのか
- 不動産の登記事項証明書 など
つまり査定は、「売ると決めてから受けるもの」ではなく、許可を取るための提出書類です。施設費用に充てるための売却であれば、査定額は「その売却が本人の利益にかなうか」を裁判所が判断する材料にもなります。
この順序が分かると、いま何から動けるかも見えてきます。
- 査定は申立て前でも受けられます: 査定を受けること自体は売買契約ではないので、意思能力の壁とは無関係に進められます
- 金額の根拠が家族の合意形成にも効きます: 「いくらで売れる家なのか」が分かると、後見を申し立てるかどうかの家族会議が具体的になります
- 空き家のままで査定できます: 残置物の片付けや修繕を先にする必要はありません
買取と仲介で査定額の意味が違う点は買取と仲介の比較を参照してください。許可が出たあとの契約から決済までは、一般の売却と同じ実務です(売却の流れ)。
申立てから決済までの流れ・期間・費用
💡 この章の要点: 後見開始の審判は約71.1%が2か月以内、約93.8%が4か月以内に終局しています(最高裁・令和6年統計)。「半年〜1年待ち」という通説より速い一方、選任後に処分許可の手続きが上乗せされます。申立ての基本実費は収入印紙3,400円+郵便切手+診断書代です。
全体の時系列はこうなります。
[1] 準備: 医師の診断書・親の財産に関する資料をそろえる
↓
[2] 家庭裁判所へ後見開始の申立て
↓ (必要と判断された場合は鑑定)
[3] 審判: 成年後見人の選任
↓
[4] 居住用不動産の処分許可を申立て(査定書などを提出)
↓
[5] 許可 → 売買契約 → 決済・所有権移転
費用の一覧
| 費用項目 | 金額 |
|---|---|
| 申立手数料(後見開始) | 収入印紙800円 |
| 登記手数料 | 収入印紙2,600円 |
| 郵便切手 | 家庭裁判所ごとに異なる(申立先に要確認) |
| 医師の診断書 | 医療機関ごとの実費 |
| 鑑定費用 | 鑑定が行われる場合のみ申立人負担。額は家庭裁判所が事案ごとに決める |
| 処分許可の申立手数料 | 収入印紙800円 |
期間の実際
「後見人が付くまで半年から1年かかる」と聞いて、諦めかけている方がいるかもしれません。最新の統計は違う姿を示しています。
- 約71.1%が2か月以内に終局: 最高裁「成年後見関係事件の概況(令和6年1月〜12月)」の数字です
- 約93.8%が4か月以内に終局: 大半の事案は4か月以内に審判まで到達しています
- ただし処分許可の時間が上乗せされます: 選任後に査定書などをそろえて許可を得る手続きが別にかかるため、売却完了までの計画にはこの分を見込みます
- 売却代金は親本人の財産です: 家が親名義である以上、代金も親のものとして後見人が管理し、本人のために使われます
親がまだ元気なら|任意後見という備え
💡 この章の要点: 任意後見は、判断能力があるうちに公正証書で結んでおく契約です。効力は家庭裁判所が任意後見監督人を選任して初めて生じます。認知症が進んでからでは結べないため、「今は元気な親」を持つ読者向けの予防策です。
この章だけは読者が変わります。すでに親の判断能力が失われているなら、前章までの法定後見が現実の道です。任意後見は契約に判断能力が必要なため、認知症が進んだあとから新たに結ぶことはできません。
法定後見との違いを表で整理します。
| 項目 | 法定後見 | 任意後見 |
|---|---|---|
| 始め方 | 判断能力が不十分になってから家庭裁判所に申立て | 判断能力があるうちに公正証書で契約 |
| 代理する人を決めるのは | 家庭裁判所 | 本人(契約で事前に指定) |
| 効力が生じるとき | 審判で後見人等が選任されたとき | 家庭裁判所が任意後見監督人を選任したとき |
- 監督人には近い親族は就けません: 任意後見人の配偶者や血族などは任意後見監督人になれません。第三者の監督が制度の前提です
- 家族信託という選択肢もあります: 判断能力があるうちに財産管理を家族に託す仕組みですが、設計は専門家との相談が前提です。この記事では制度の存在の紹介にとどめます
2026年の法改正|後見・保佐は「補助」に一元化される(施行日は未定)
💡 この章の要点: 2026年6月成立の改正法(令和8年法律第45号)で、後見・保佐の制度は廃止され補助に一元化されます。ただし施行日は未定です。施行までは現行の3類型で手続きが動きます。
成年後見制度は、いま大きな転換点にあります。
- 成立・公布: 「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)が2026年6月17日に成立し、6月24日に公布されました
- 中身: 後見および保佐の制度を廃止して補助の制度に一元化し、本人にとって必要な範囲での利用を可能とする内容です
- 施行日: 公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内で政令で定める日とされており、まだ決まっていません
「どうせ変わるなら待ったほうがいいのか」と考えるかもしれません。施行日が未定である以上、いま売却の必要があるなら現行制度で動くことになります。改正をまたぐ場合の扱いは、申立て前に司法書士や弁護士に確認してください。
認知症の親の家の売却でよくある質問
- 1. 軽度の認知症なら、親本人が契約して売れますか?
基準は診断名ではなく、契約の時点で意思能力があるかです(民法第3条の2)。売れる可能性はありますが、あとから無効を争われるリスクを避けるため、医師の診断を踏まえ、司法書士や弁護士に相談したうえで進めてください。
- 2. 家族が委任状をもらって代理で売れませんか?
意思能力を欠いた親は、有効な委任状を作ること自体ができません。委任状を書くことも法律行為だからです。この状態からの代理売却の道は、成年後見制度に限られます。
- 3. 子どもが成年後見人になれますか?
申立ては本人、配偶者、四親等内の親族、市町村長などができます。ただし、誰を後見人にするかは家庭裁判所が決めます。家族の希望どおりになるとは限らない前提で、申立て前に専門家と見通しを立てておくのが安全です。
- 4. 後見人が付けば必ず売れますか?
居住用不動産に当たる場合は家庭裁判所の許可が必要で、許可されるかは処分の必要性など事案ごとの判断です。「必ず売れる」とは言えません。査定書や評価証明書で必要性を示せるように準備することが、実務の中心になります。
- 5. 売らずに、相続まで待つのはありですか?
選択肢としてはありえます。ただし待つ間も空き家の管理と税負担は続き、相続後には相続登記や遺産分割という別の手続きが待っています。相続後の売却は相続した空き家の売り方、登記の義務は相続登記の義務化を参照してください。
- 6. 家が共有名義で、共有者の1人が認知症の場合は?
共有者全員の関与が絡む、この記事とは別の論点になります。共有名義の空き家の売却で扱っていますので、そちらを参照してください。
- 7. 後見の申立て前に、査定だけ受けてもいいですか?
受けられます。査定を受けることは売買契約ではないので、家族の判断で先に進められます。査定書は処分許可の申立て資料の一つになるため、むしろ早めに取っておくと手続きの見通しが立てやすくなります。売却全体の設計は司法書士や弁護士への相談とあわせて進めてください。
まとめ|「無効の壁」は成年後見と家裁の許可で越える
💡 この章の要点: 認知症で意思能力を欠く親の家を売る正規ルートは成年後見制度+家庭裁判所の許可の一本です。審判は約7割が2か月以内と通説より速く、査定書の準備が手続きの実質的な出発点になります。
要点を並べ直します。
- 意思能力を欠く親名義の家は、本人の契約も家族の委任状による代理も無効の壁を越えられません
- 売る道は法定後見です。売却を代理できるのは原則成年後見人で、居住用に当たれば家庭裁判所の許可が要ります
- 許可の申立てには査定書や評価証明書が要るため、査定の取得が手続きの最初の一歩になります
- 後見開始の審判は約71.1%が2か月以内に終局。そこに処分許可の時間を上乗せして計画を立てます
- 後見・保佐を補助に一元化する改正法が2026年に成立しましたが、施行日は未定。いまは現行の3類型で動きます
- 申立ての設計と個別判断は、司法書士・弁護士への相談が前提です
専門家への相談と並行して、家がいくらで売れるのかを査定で把握しておくと、家庭裁判所への説明も家族での話し合いも具体的になります。
💡 この章の要点: 多い誤解は2つ。「家族の委任状で売れる」と「後見人が付けば自由に売れる」です。どちらも通りません。個別の判断は必ず司法書士・弁護士に相談してください。





