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空き家売却 - 認知症の親の家を売る方法|成年後見と家庭裁判所の許可【2026年版】
空き家売却

認知症の親の家を売る方法|成年後見と家庭裁判所の許可【2026年版】

親が認知症になり、親名義の実家が空き家のまま残っている。子どもが代わりに署名して売ってしまえばよさそうに見えますが、それはできません。最初に核心を3点でまとめます。

  • 意思能力を欠く状態で結んだ売買契約は無効です(民法第3条の2)。契約書を交わしても、売買そのものが法的に成り立ちません
  • 委任状でも回避できません。委任状を作ること自体が法律行為なので、意思能力を欠く親は有効な委任状を書けません
  • それでも売る道はあります。成年後見制度で後見人を選任し、実家が「居住用」に当たるなら家庭裁判所の許可を得て売却する手順です

この記事が扱うのは「親が存命で、認知症により意思能力を欠いている」場合の売り方だけです。親が亡くなったあと(相続後)の売却は相続した空き家の売り方を参照してください。

後見開始の審判は約71.1%が申立てから2か月以内に終わり(最高裁・令和7年統計)、申立ての動機として「不動産の処分」を挙げた事件は36.3%あります。認知症の親の家を売るために後見を申し立てる家族は、珍しい存在ではありません。

認知症の親の家の売却 状況別ガイド

認知症の親の家の売却 状況別ガイドのイメージ

💡 この章の要点: 上から順に読めば、手続きの時系列どおりに進みます。最も多い誤解は「家族の委任状で売れる」なので、急ぐ方もまず次の章だけは確認してください。手続きの全体像を先に見たい方はモデルケースの月次表から入るのが早道です。

あなたの状況 読むべきセクション
なぜ親名義のまま売れないのか知りたい 家族が代わりに売れない理由
後見と保佐と補助の違いを知りたい 成年後見制度の3類型
申立ての書類と診断書の取り方を知りたい 申立ての準備
家庭裁判所の許可について知りたい 家庭裁判所の許可と査定書
買取と仲介のどちらが手続きに向くか 買取と仲介の比較
期間と費用を知りたい 申立てから決済までの流れ
後見人の報酬と売却後のことを知りたい 後見人の報酬と売却後
全体を月単位で追いたい モデルケース
親はまだ元気なので備えたい 任意後見という備え
制度が変わると聞いた 2026年の法改正

認知症の親名義の家は、家族が代わりに売れない

💡 この章の要点: 意思能力を欠いた状態の売買契約は無効です(民法第3条の2)。委任状でも代筆でも回避できません。ただし「認知症の診断がある=売れない」ではなく、契約の時点で意思能力があるかで決まります。後見が始まったあとは基準が変わり、本人の契約は取り消せる行為になります(同第9条)。

根拠になる条文は一つです。

法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。(民法第3条の2)

条文が問うのは診断名ではありません。売買契約という意思表示をした「時」に、本人が意思能力を持っていたかどうかです。

家族が思いつく回避策は、どれも通らない

相談の場でよく出る案は、どれも同じ壁に当たります。

家族が考える方法 通るか 通らない理由
親に委任状を書いてもらい、子が代理で売る 通らない 委任契約を結ぶことも法律行為。意思能力を欠く親は有効な委任状を作れない
子が親の名前で署名して売る(代筆) 通らない 本人の意思表示がないため無効。後から必ず争いになる
実印と権利証がそろっているので、そのまま売る 通らない 書類の有無ではなく、契約の意思表示ができるかの問題
いまから家族信託を組んで、受託者の子が売る 通らない 信託契約にも本人の意思能力が要る。判断能力が失われてからでは結べない
認知症が軽度で、本人が内容を理解して契約する 通りうる 契約時に意思能力があれば有効。ただし後から争われないための手当てが要る

表の最後の行だけが例外です。ただし、いまの親が後見開始前なのか、すでに後見が始まっているのかで基準が変わります。

  • 後見開始前: 民法第3条の2の世界です。契約の瞬間に意思能力があれば有効、なければ無効。境目は診断名ではなく、その契約の意味を本人が理解できていたかどうかです
  • 後見開始後: 民法第9条の世界に移ります。成年被後見人の法律行為は日用品の購入などを除いて取り消すことができるため、本人が単独で結んだ売買契約は後見人が取り消せます。後見が始まった以上、売却は後見人が代理して行うことになります

「軽度だから本人が売る」を選ぶなら

後見開始前で医師も本人の理解力を認めている段階なら、本人が自分で契約して売る道は残っています。無効を争われるのは、売ったあとに相続人の一人が「あの時点で母に契約の理解はなかった」と主張する場面で、備えは次の形になります。

  • 医師の診断を契約日に近い時期に取る: 意思能力は「その時」に問われます
  • 契約の場に司法書士や弁護士を同席させる: 本人が理解して署名した経過を第三者の記録として残します
  • 家族全員に事前に知らせておく: 後から争う相手は、売却を知らされていなかった相続人です
  • 本人の口座に代金を入れる: 子の口座に入れると、贈与や横領の疑いを招きます

これらは無効のリスクを下げる工夫であって、消す保証ではありません。診断書の判定が「支援を受けても契約等の意味を理解できない」なら、本人契約は選ばず法定後見に進むのが安全です。

なお、相続人の中に認知症の方がいる遺産分割は相続登記の義務化、共有者の1人が認知症のケースは共有名義の空き家がそれぞれ担当しています。

売却の入口は成年後見制度|後見・保佐・補助の違い

💡 この章の要点: 法定後見には後見・保佐・補助の3類型があり、親の判断能力の程度で分かれます。不動産売却を代理できるのは原則成年後見人。保佐・補助では代理権付与の審判を別に取り、しかも本人の同意が要ります。誰を後見人にするかは家庭裁判所が決め、統計では8割超が親族以外です。

成年後見制度は、判断能力が不十分な人を法律面で支えるため、家庭裁判所が関与して後見人などを選ぶ制度です(法務省・成年後見制度Q&A)。認知症が進んだ親の家を売る場面では、この制度を通すのが正規の手順になります。

3類型と不動産売却の関係

類型 親の判断能力(条文の表現) 根拠 不動産売却との関係
後見 事理を弁識する能力を欠く常況 民法第7条 成年後見人が本人を代理して売却できる(居住用は家裁の許可が別途必要)
保佐 著しく不十分 民法第11条 不動産の権利の得喪は保佐人の同意が必要な行為(第13条1項3号)。ただし売却の代理権は自動では付かず、代理権付与の審判(第876条の4)を別途申し立てる
補助 不十分 民法第15条 特定の行為ごとに同意権・代理権を付与する審判が必要(第17条、第876条の9)。補助開始そのものに本人の同意が要る(第15条2項)

保佐と補助の行にある「代理権付与の審判」には、条文上の条件がもう一つ付いています。

  • 本人以外が申し立てる代理権付与には、本人の同意が必要です(保佐は第876条の4第2項、補助は第876条の9で準用)。子が「実家の売却を保佐人に任せたい」と申し立てても、親本人が同意しなければ代理権は付きません
  • 同意の確認は家庭裁判所の本人調査で行われます(東京家裁・申立ての手引)。保佐や補助の段階の親なら意思表示はできるので、ここで本人が「売りたくない」と言えば止まります
  • 後見類型には、この同意要件がありません。判断能力を欠く常況にある人に同意を求める前提がないからです

「保佐なら早そう」は、この構造のせいで遠回りになりえます。売却が目的なら、申立ての設計段階で司法書士や弁護士に相談するのが近道です。

診断書のチェック欄が類型の入口になる

どの類型で申し立てるかは、家庭裁判所が最終的に判断します。ただし申立ての段階では、成年後見制度用の診断書にある「判断能力についての意見」欄の記載に対応する類型で申し立ててよい、と東京家裁の手引は説明しています。

  • 「支援を受けなければ、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することが難しい場合がある」 → 補助類型
  • 「支援を受けなければ、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない」 → 保佐類型
  • 「支援を受けても、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない」 → 後見類型
  • 申立て後の鑑定で申立てと異なる類型と判断された場合は、申立ての趣旨を変更する手続きで対応できます。東京家裁の手引(2014年版)は、この変更に新たな費用負担は生じないが、代理権付与などを追加する場合は印紙800円が別途要るとしています

申立てできる人と、後見人になる人は別

申立てにあたって押さえておくことは3つです。

  • 申立てできる人: 本人、配偶者、四親等内の親族、市町村長などです(民法第7条、法務省Q&A)。令和7年の統計では、申立人は本人が24.8%で最多、市区町村長23.7%、本人の子18.5%と続きます
  • 誰を後見人にするかは家庭裁判所が決めます: 民法第843条は、本人の心身の状態や財産の状況、候補者の職業や経歴、本人との利害関係、本人の意見など「一切の事情」を考慮すると定めています。申立書に子を候補者として書いても、そのとおりに選ばれるとは限りません
  • 統計では親族以外が83.6%です: 令和7年に選任された成年後見人等のうち親族は16.4%。ただし親族が候補者として申立書に書かれていた事件自体が19.7%しかないので、「親族を書いても通らない」と読むのは早計です

家庭裁判所が候補者以外を選任したり、監督人を付けたりする可能性がある場合として、東京家裁の手引(令和7年4月版)は15の例を挙げており、実家を売る家族に重なるのは次の5つです。

  • 不動産の売買が予定されているなど、申立ての動機となった課題が重要な法律行為を含んでいる場合
  • 親族間に意見の対立がある場合
  • 候補者と本人との間に高額な貸借や立替金がある場合
  • 従前、候補者と本人との関係が疎遠であった場合
  • 候補者が後見事務に自信がなかったり、相談できる者を希望した場合

一つめが、まさにこの記事の状況です。実家を売るために後見を申し立てると、専門職(弁護士、司法書士、社会福祉士など)が後見人に選ばれるか、親族後見人に専門職の監督人が付く可能性が高くなり、報酬が本人の財産から出ます(後述)。「子が後見人になって費用をかけずに売る」という見込みは、確定させないでおくのが安全です。

申立て後は引き返せません。後見開始の申立ては、審判前であっても家庭裁判所の許可がなければ取り下げられず(家事事件手続法第121条)、候補者が選ばれなかったという理由での取下げは許可されないと裁判所のQ&Aは説明しています。

申立ての準備|本人情報シート・診断書・必要書類

💡 この章の要点: 準備は本人情報シート→診断書→証明書類→財産資料→申立書の順です。診断書は主治医で構いません。申立て後は面接と本人調査があり、鑑定は実施率3.4%、費用は85.8%が10万円以下です。

書類の多くは家族が自分で集められるものです。

[1] ケアマネジャー等に本人情報シートを依頼
   ↓ 作成後1か月以内に医師へ
[2] 主治医に診断書と診断書付票を依頼
   ↓ 作成後3か月以内に提出
[3] 戸籍・住民票・登記されていないことの証明書
   ↓
[4] 財産と収支の資料(通帳、登記事項証明書、年金、施設費)
   ↓
[5] 申立書を作成し、印紙と切手を添えて提出

必要書類と取得先

書類 取得先・作成者 手数料の目安 補足
本人情報シート ケアマネジャーなど本人を支援する福祉関係者 定めなし 医師の参考資料。支援者がいなければ地域包括支援センターに相談
診断書(成年後見制度用)と診断書付票 主治医。断られたら他の医師でも可 医療機関ごとの実費(申立人負担) 裁判所指定の書式。作成後3か月以内
本人の戸籍謄本、住民票または戸籍附票 市区町村 実費 3か月以内のもの
後見人候補者の住民票または戸籍附票 市区町村 実費 候補者を立てる場合
登記されていないことの証明書 法務局(郵送は東京法務局後見登録課) 300円 四親等内の親族が請求できる
財産に関する資料 家族が収集 実費 預貯金通帳の写し、不動産の登記事項証明書、保険証券、負債の資料
収支に関する資料 家族が収集 実費 年金額決定通知、施設利用料の明細、税金や保険料の通知

出典は裁判所・後見開始の申立てと法務省・成年後見登記制度Q&A(2026年9月確認)。裁判所ごとに追加書類を求められることがあります。

診断書で家族がつまずく点

  • 精神科医である必要はありません: 東京家裁の手引は「主治医に診断書・診断書付票の作成を依頼してください」とし、断られた場合は他の医師でも構わないとしています
  • 本人情報シートを先に用意します: 日頃の様子を福祉関係者が書いたシートがあると、短い診察でも判断能力の評価がしやすくなります
  • 診断書付票に鑑定の意向を書いてもらいます: 鑑定を引き受けてもらえるか、費用の意向はどうかを記入する欄です
  • 作成料は申立人の負担です: 東京家裁の手引は、診断書作成料と士業の報酬は原則申立人負担と明記しています

申立て後に起きること

申立て後、審判までに家庭裁判所が行う手続きです(東京家裁の手引に沿って整理)。

  • 申立人と候補者の面接: 東京家裁では原則実施、おおむね1〜2時間。経緯と候補者の適格性を聞かれます
  • 親族への意向照会: 申立ての概要と候補者名を親族に伝えて意見を求めることがあり、兄弟姉妹の反対はここで表面化します
  • 本人調査: 本人の意見を直接聞く手続きで、来庁が難しければ担当者が施設に出向きます。保佐・補助で要る本人の同意はここで確認されます
  • 鑑定: 後見と保佐では法律上原則として鑑定が必要ですが(家事事件手続法第119条)、明らかに必要がないと認めるときは省略できます

鑑定は、通説と統計が最もずれる論点です。

項目 数字 出典
鑑定を実施した事件の割合 約3.4%(前年3.8%) 最高裁・令和7年概況
鑑定の期間 1か月以内が52.6%、2か月以内まで含めると89.4% 同上
鑑定費用 5万円以下43.7%、10万円以下で85.8% 同上
東京家裁の案内 一般的に10万〜20万円程度 東京家裁・手引(令和7年4月版)
厚生労働省の案内 通常10万円以下 厚労省・成年後見はやわかり

条文上は原則実施でも、鑑定に進むのは30件に1件ほどです。鑑定費用は鑑定が決まってから予納するもので、申立て時に納める必要はありません。

家庭裁判所の許可と査定書|空き家の実家も「居住用」になりうる

家庭裁判所の許可と査定書|空き家の実家も「居住用」になりうるのイメージ

💡 この章の要点: 成年後見人でも、本人の居住用不動産を売るには家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。施設入所で空き家になった実家も「居住用」に当たり、許可なしの売買は無効です。申立ては取引が成立する一歩前に、契約書案・評価証明書・査定書を添えて行います。

後見人さえ付けば自由に売れる、と考えたくなります。

成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。(民法第859条の3)

理由と対象は次のとおりです。

  • 理由: 居住環境が変われば本人の心身や生活に重大な影響が生じるため、特に慎重を期して事前の許可を求める(東京家裁ハンドブック)
  • 対象となる処分: 売却、賃貸、賃貸借の解除、抵当権の設定、取壊しなど
  • 申立てできる人: 成年後見人。保佐人・補助人は不動産処分の代理権が付与されている場合に限る

「居住用」の範囲は広い

「もう施設に入っていて誰も住んでいないのだから、居住用ではないのでは」と思うかもしれません。

裁判所の案内と東京家裁のハンドブックは、現に住んでいる不動産だけでなく、入所中で将来居住する可能性がある不動産と過去に居住したことがある不動産を「居住用」に含めています。施設入所前まで親が住んでいた実家は後者です。

逆に、名古屋家裁の案内は「一度も居住したことがなく、居住する予定のないもの」は含まれないとしています。迷う場合は、後見人から家庭裁判所に直接問い合わせるのが確実です。

行為 家裁の許可 出典
居住用の建物や敷地を売却する 必要 民法859条の3
居住用不動産を賃貸に出す、抵当権を付ける、取り壊す 必要 同上、裁判所の案内
施設から別の施設へ本人が移る 不要 東京家裁FAQ(2015年公表)
土地を分筆する 不要(処分に当たらない) 同上
一度も住んだことがなく居住予定もない不動産を売る 対象外になりうる 名古屋家裁の案内
許可を得ずに居住用不動産を売却した 無効 東京家裁ハンドブック、大阪家裁の案内

申立てのタイミングは「取引が成立する一歩前」

許可の申立てには順番があります。後見開始の申立てと同時にはできません。東京家裁のFAQは「後見開始の審判がされるかどうか不明ですので、この段階では申立てできません」と答えています。

後見人が就任したあとの進め方は、大阪家裁と東京家裁のハンドブックがほぼ同じ言葉で説明しています。

[1] 処分が必要な事情を、あらかじめ家庭裁判所に連絡する
   ↓
[2] 事実上、買主候補との取引交渉を始める(価格、引渡し時期、条件)
   ↓
[3] 取引が成立する一歩前の段階で、許可の申立てをする
   ↓ 審理には日数を要する
[4] 許可の審判 → 売買契約 → 決済・所有権移転

「一歩前」とは、契約書の案がまとまり、価格と買主が決まった段階です。契約を結んでしまってから申立てると、許可が下りなければ無効の契約を抱えることになります。許可が下りなかった場合に契約をどう扱うかは、契約書案の段階で司法書士や弁護士に確認してください。

添付書類と、査定書に求められる中身

売却の場合に裁判所が求める添付書類は、東京家裁の案内(R6.10版)では次のとおりです。

  • 処分する不動産の全部事項証明書: 後見開始の申立て時に提出済みで変更がなければ不要
  • 不動産売買契約書の案: どんな条件で売るのか
  • 処分する不動産の評価証明書: 固定資産税評価の裏づけ
  • 不動産業者作成の査定書: 市場でいくらの物件なのか
  • 成年後見監督人がいる場合は、監督人の意見書

費用は収入印紙800円と郵便切手(東京110円など裁判所ごとに異なる)です。査定書については、大阪家裁の案内に見落としがちな条件が2つあります。

  • 「鑑定書に準じた詳しい記載内容の査定書」を業者に作成してもらうこと: 金額一行の簡易査定では足りません
  • 査定価格よりも低い価格で売却する場合には、なぜ低額で売却することになったのかの説明書を添付すること: 買取価格が査定額を下回るときはこれが要ります(次章)

つまり査定は、「売ると決めてから受けるもの」ではなく、許可を取るための提出書類です。施設費用に充てるための売却であれば、査定額は「その売却が本人の利益にかなうか」を裁判所が判断する材料にもなります。

申立書に書く「処分の必要性」

添付書類とは別に、申立書には処分が必要な事情を書きます。名古屋家裁が公開している記載例は、次の要素で組み立てられています。

  • 本人の居所と今後の費用: 施設に入所中で、入居一時金と月々の利用料が必要になる
  • 不動産の現状と資産状況: 入所まで居住していたが現在は空家。財産目録のとおり、売却して費用を捻出する必要がある
  • 買主と価格、親族の意向: 買受希望者の提示額は妥当と考える。本人の子らも売却に賛成している

裁判所が見るのは家族の負担ではなく本人の利益です。空き家の維持費は「固定資産税と管理費が本人の財産を毎年減らす」という本人側の事情として書きます。

査定は申立て前でも受けられる

この順序が分かると、いま何から動けるかも見えてきます。

  • 査定は後見の申立て前でも受けられます: 査定は売買契約ではないので、意思能力の壁とは無関係です
  • 金額の根拠が家族の合意形成にも効きます: 親族への意向照会で反対が出るのを防ぐ材料になります
  • 空き家のままで査定できます: 片付けや修繕を先にする必要はありません
  • 複数社から取ると価格の妥当性を示しやすくなります: 買主候補以外の査定書があれば、市場水準からの差を一枚で説明できます

許可が出たあとの契約から決済までは、一般の売却と同じ実務です(売却の流れ)。

買取と仲介|家庭裁判所に出す書類のそろいやすさで比べる

💡 この章の要点: 許可の申立てには契約書の案・確定した価格・買主が要るため、価格と買主が早く固まる買取は書類がそろいやすく、決済時期も読みやすい方法です。一方で買取価格は査定額を下回ることが多く、その場合は低額で売る理由の説明書が要ります。どちらが本人の利益かを金額と期間の両方で示すのが、後見人の仕事です。

添付書類のうち契約書の案は、買主と価格が決まらないと作れません。仲介と買取では、ここに至るまでの道のりが違います。

書類がそろうまでの違い

比較項目 仲介(買主を探す) 買取(業者が直接買う)
買主と価格が決まる時期 買主が現れるまで。空き家では数か月から年単位も 査定と現地確認のあと数日から数週間
契約書の案 買主が決まるまで作れない 買取業者が案を出すので、許可申立ての添付書類が早く整う
査定書 仲介業者が作成 買取業者の査定書に加え、別業者の査定書も取ると妥当性を示しやすい
決済の時期 買主のローン審査などで前後する 業者の資金で決済するため日程が組みやすい
空き家の状態 残置物の片付けや修繕を求められることがある 現状渡しが一般的。片付け費用は買取価格に織り込まれる
価格の水準 市場価格に近い 市場価格より低くなることが多い
家裁への説明 「市場で成立した価格」として説明しやすい 査定額より低い場合は、低額で売る理由の説明書が要る(大阪家裁の案内)
契約不適合責任 売主(本人)が負うのが原則 免除特約が付くことが多い

買取を選ぶなら、家裁に何を示すか

買取の利点は、許可の申立てに必要な材料が早くそろい、決済までの時間が読める点にあります。ただし後見人が説明すべきなのは「早い」ことではなく「本人の利益にかなう」ことです。

  • 査定額と買取価格の差を、期間と費用で説明する: 売れ残る間の固定資産税、管理費、施設費の取り崩しと、いま確定した価格で売ることのどちらが本人の財産を守るかを数字で示します
  • 別業者の査定書を添える: 買主候補の査定書だけでは価格が業者寄りと見られかねません
  • 現状渡しの価値を金額で書く: 残置物処分費や解体費のうち、仲介なら売主負担になる分を示します
  • 許可が下りなかった場合の扱いを契約書案で決めておく: 買取業者と司法書士の間で、決済日と許可の関係を先に詰めます

「買取だから許可されやすい」のではなく、価格と時期が早く確定するので説明の材料が早くそろう、というのが正確なところです。許可するかどうかは事案ごとの家庭裁判所の判断です。

仲介を選ぶなら、時間の見積もりを

仲介で市場価格に近い金額を狙うこと自体は、本人の財産を最大化する選択であり、後見人として正当です。注意するのは時間です。

  • 買主が決まるまで許可の申立てができず、売れ残る間の固定資産税や管理費は本人の財産から出ます
  • 買主が現れても許可待ちの期間が入るため、買主側に事情を説明し、決済日に余裕を持たせる必要があります

買取と仲介の手取りの違いは買取と仲介の比較に詳しくまとめています。

申立てから決済までの流れ・期間・費用

💡 この章の要点: 後見開始の審判は約71.1%が2か月以内、約93.8%が4か月以内に終局しています(最高裁・令和7年統計)。「半年〜1年待ち」という通説より速い一方、審判の確定と登記にそれぞれ約2週間、そのあと処分許可の手続きが上乗せされます。申立ての実費は東京家裁の場合で印紙3,400円+切手4,000円が基本です。

申立てから決済までは、6つの段階を通ります。

[1] 準備(本人情報シート→診断書→証明書→財産資料)
   ↓
[2] 後見開始の申立て
   ↓ 面接・本人調査・親族照会(必要なら鑑定)
[3] 審判: 後見開始・後見人選任
   ↓ 告知から2週間で確定 → 登記まで約2週間
[4] 就任: 財産目録 → 売却条件の交渉 → 契約書案・査定書
   ↓
[5] 処分許可の申立て
   ↓
[6] 許可 → 契約 → 決済 → 代金は本人口座へ

費用の一覧

費用項目 金額 出典・補足
申立手数料(後見開始) 収入印紙800円 裁判所。保佐・補助で代理権付与を同時に求めるときは800円加算(同意権も求めるなら1,600円加算)
登記手数料 収入印紙2,600円 同上
郵便切手 東京家裁は後見4,000円、保佐・補助5,000円 家庭裁判所ごとに異なる(申立先に要確認)
登記されていないことの証明書 300円 法務省・成年後見登記制度Q&A
戸籍謄本・住民票など 各数百円の実費 市区町村
医師の診断書 医療機関ごとの実費 申立人負担
鑑定費用 鑑定が行われる場合のみ。85.8%が10万円以下(東京家裁の案内は10〜20万円程度) 最高裁・令和7年概況。実施率3.4%
処分許可の申立手数料 収入印紙800円+切手(東京110円) 東京家裁の案内
司法書士・弁護士の報酬 事務所により幅がある 申立人負担(東京家裁の手引)。依頼する範囲(書類作成のみか、代理人か)で変わる
後見人の報酬 家庭裁判所が決定。本人の財産から 次章で扱う

裁判所に納める実費は、鑑定なしの東京家裁の申立てで7,400円、処分許可を含めて8,310円です。費用の本体は、専門職に依頼する場合の報酬と、専門職後見人が付いた場合の継続的な報酬です。

費用は誰が負担するのか

手続費用は申立人負担が原則ですが、東京家裁は申立手数料、登記手数料、送達費用、鑑定費用を本人負担とする裁判をする運用で、確定後に申立人は後見人に償還を求められます。診断書料や士業の報酬は対象外です。親の財産が少ない場合の受け皿もあります。

  • 成年後見制度利用支援事業: 低所得の高齢者などに市町村が申立費用や後見人の報酬を助成する事業です。厚生労働省は親族による申立ても対象に含めるよう市町村に求めていますが、実施状況は市町村ごとに異なります(厚労省・事務連絡)
  • 法テラスの民事法律扶助: 経済力に余裕がない方について、弁護士や司法書士の費用の立替えなどの援助があります(厚労省・成年後見はやわかり)

期間の実際

「後見人が付くまで半年から1年かかる」と聞いて、諦めかけている方がいるかもしれません。最新の統計は違う姿を示しています。

段階 期間 出典
申立てから審判まで(1か月以内) 37.9% 最高裁・令和7年概況
同(2か月以内) 約71.1% 同上(前年72.0%)
同(4か月以内) 約93.8% 同上
裁判所の案内 おおむね1〜2か月(鑑定を行う場合は加算) 裁判所・成年後見制度について
審判の告知から確定まで 即時抗告期間の2週間 家事事件手続法74条、86条
確定から登記完了まで 約2週間 東京家裁・手引
処分許可の申立てから審判まで おおよそ2週間前後(不備があれば加算) 東京家裁FAQ(2015年公表)。現行のハンドブックは「審理には日数を要する」とのみ記載
  • 統計は保佐・補助・任意後見監督人選任を含みます: 後見開始が申立件数の約68%を占めるので、後見だけの数字と大きくはずれません
  • 審判が出ても、すぐには動けません: 後見人の仕事は確定後に始まり、後見人であることを示す登記事項証明書が取れるのはさらに約2週間後です
  • 売却代金は親本人の財産です: 代金は後見人が管理し、本人のために使われます(民法859条)

後見人の報酬と、売却後も続く後見

💡 この章の要点: 後見人の報酬は家庭裁判所が決め、本人の財産から支払われます(民法862条)。最高裁の実情調査では、親族以外の後見人で流動資産100万円以上500万円未満なら年20万円台が約8割、不動産売却など特別な行為があると付加報酬で上がりえます。そして後見は売却が終わっても続きます。本人が回復するか亡くなるまで、後見人の仕事と報酬は継続します。

後見は、売却のための一時的な手続きではありません。

報酬はどう決まるか

民法第862条は、家庭裁判所が「後見人及び被後見人の資力その他の事情によって」相当な報酬を与えることができると定めています。金額の基準は法律にありません。後見人が報酬付与の申立てをし、裁判官が審判で決めます。

  • 親族後見人も報酬を請求できます: 請求しない親族後見人も多く、その場合は報酬は発生しません
  • 専門職後見人はほぼ請求します: 弁護士、司法書士、社会福祉士などが選任された場合、報酬は本人の財産から毎年出ていきます
  • 管理する財産が多いほど高くなります: 長野家裁の案内(2019年)は、通常の事務で月額1〜2万円程度と決定されることが多く、管理財産額が1,000万円超5,000万円以下なら月額3〜4万円程度、5,000万円超なら5〜6万円程度とされることもある、と説明しています

最高裁の実情調査で見る実際の金額

最高裁が公表している令和7年7月〜12月の集計から、この記事の読者に近い条件を抜き出します(年額、付加報酬の求めなし、単位%。四捨五入のため合計は100になりません)。

後見人 流動資産額 10万円未満 10万円台 20万円台 30万円台 40万円台以上
親族 100万円以上500万円未満 5.1 22.8 63.0 2.5 6.6
親族 1,000万円以上5,000万円未満 3.7 23.2 29.0 30.6 13.4
親族以外 100万円以上500万円未満 3.5 11.9 80.2 3.3 1.0
親族以外 1,000万円以上5,000万円未満 2.3 6.8 12.5 54.0 24.4

出典は最高裁・報酬に関する実情調査の集計結果(2026年9月取得)。対象期間が12か月でない事件も含むため、月額換算は「おおむね」の目安にとどめてください。

  • 専門職後見人で流動資産が100万円以上500万円未満なら、年20万円台が8割です: 月額換算でおおむね2万円弱。長野家裁の案内とも整合します
  • 実家を売ると流動資産が増え、翌年以降の報酬が上がりえます: 売却代金が預金になれば、流動資産額の区分が1,000万円以上に移り、年30万円台が中心の帯に入ります。売るほど報酬が増える構造は、事前に家族で共有しておくべき点です
  • 不動産売却は付加報酬の対象になりえます: 実情調査は「後見人等が特別の行為を行った際に付加する報酬」を付加報酬と定義しています。付加報酬の求めがあった事件では、親族以外の後見人(流動資産100万〜500万円)で30万円台が20.7%と、求めなしの3.3%から大きく増えています。売却の年は報酬が上乗せされる可能性を見込んでください

後見は売却では終わらない

裁判所のQ&Aは、後見は本人が回復するか亡くなるまで継続し、当初の目的の達成では終わらないと説明しています。売却後も続くものを列挙します。

  • 財産管理と定期報告: 売却代金を含む本人の財産を後見人が管理し、家庭裁判所に報告します
  • 代金の使途は本人のため: 施設費、医療費、生活費に充てます。子への贈与や家族の住宅資金への流用はできません
  • 報酬の継続: 専門職後見人なら、亡くなるまで毎年報酬が出ます
  • 辞任には家庭裁判所の許可が要ります: 後見人は正当な事由があるときに家庭裁判所の許可を得て辞任できます(民法第844条)。「売却が終わったから」だけでは足りません

「売るためだけに後見を使う」ことはできません。2026年成立の改正法は、必要がなくなったときに終了できる仕組みを設けていますが(後述の2026年の法改正)、施行日は未定で、いま申し立てるなら現行の「終わらない後見」を前提にします。

モデルケース|母が施設入所、実家は空き家、子2人で申立てから決済まで

💡 この章の要点: 母(84歳)が有料老人ホームに入り、実家が空き家になった家族の架空の例です。長女が後見人候補で申し立て、鑑定なしで申立てから約2か月半で後見人に就任、買取で申立てから約4か月(準備開始から約6か月)で決済まで進みます。裁判所に納めた実費は8,310円、時間の大半は書類集めと許可待ちに消えます。

例を一つ置きます。細部を簡略化した架空の例で、統計の中央値に近い経過を選んでいます。表の「統計・公表値」列は一次情報で確認できる数字、「この例の仮定」列は置き換えてよい数字です。

  • 本人: 母84歳。認知症の診断あり。半年前に有料老人ホームへ入居し、利用料は年金では足りず預金を取り崩している
  • 実家: 地方都市の郊外、木造築45年、土地180㎡。入居まで母が一人暮らし。現在は空き家で長女が月1回通う
  • 家族: 長女(同じ県内在住、後見人候補)と長男(遠方在住)。2人とも売却に賛成
  • 母の財産: 預金約600万円、年金月約12万円、施設利用料月約18万円。実家のほかに不動産なし
  • 診断書の判定: 「支援を受けても、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない」→ 後見類型で申立て
月 家族がやったこと 統計・公表値 この例の仮定
0か月目 兄妹で電話会議。長女が地域包括支援センターに相談。買取業者と地元の仲介業者に机上査定を依頼 査定は申立て前に受けられる 机上査定: 買取380万円前後、仲介の売り出し目安480万円
1か月目 ケアマネジャーに本人情報シートを依頼(2週間)。主治医に診断書を依頼(1か月以内にシートを渡す) 診断書は主治医で可。シートは作成後1か月以内に医師へ 診断書料は医療機関の実費
2か月目 戸籍、住民票、登記されていないことの証明書(300円)、通帳の写し、施設の請求書、年金通知をそろえ、申立書を提出。印紙3,400円、切手4,000円 裁判所に納める実費7,400円(東京家裁の切手額で計算) 司法書士に書類作成を依頼せず、家族で作成
2か月目後半 家庭裁判所で長女の面接(約1時間半)。長男に親族照会の書面が届き、同意と回答 面接は1〜2時間程度 兄妹の意見一致
3か月目 本人調査。担当者が施設を訪問。鑑定は省略 鑑定実施率3.4% 鑑定なし
3か月目末 後見開始の審判。長女を成年後見人に選任 2か月以内終局71.1%、4か月以内93.8% 申立てから約6週間
4か月目 告知から2週間で確定、約2週間で登記完了。登記事項証明書(550円)を取得し、口座を後見人管理に切替え。財産目録と収支予定表を提出 確定まで2週間、登記まで約2週間 ここまで申立てから約2か月半
4か月目後半 買取業者に訪問査定と詳しい査定書を依頼。別の業者からも査定書を取得。買取価格400万円で条件合意。許可が下りなかった場合の扱いを司法書士に確認して契約書案に反映 査定書は鑑定書に準じた詳しいもの。査定より低く売るなら説明書 買取400万円、別業者の査定420万円
5か月目 家庭裁判所に処分の必要性を事前連絡。処分許可の申立て。印紙800円、切手110円。契約書案、評価証明書、査定書2通、施設利用料の資料、低額売却の説明書を添付 申立ては取引成立の一歩前 説明書: 仲介なら半年以上の売れ残りが見込まれ、その間の固定資産税と管理費、施設費の取り崩しを避ける
5か月目後半 許可の審判。売買契約を締結 東京家裁FAQ(2015年)ではおおよそ2週間前後 申立てから3週間
6か月目 決済。代金400万円は母名義の口座へ。残置物はそのまま引渡し。固定資産税は日割り精算 代金は本人の財産 申立てから約4か月、準備開始から約6か月
以後 毎年、家庭裁判所に後見事務の報告。長女は報酬付与を申し立てず 報酬は申立てがあれば家裁が決定 母の預金約1,000万円。施設費の不足分を月6万円取り崩し

この例から拾える判断材料は4つです。

  • 裁判所に納めた実費は8,310円でした: 専門職に依頼しなければ、費用の本体は診断書料と家族の時間です
  • 申立て前の準備に2か月かかりました: 本人情報シートと診断書の入手が律速で、裁判所の審理期間には含まれません
  • 買取価格は査定より低く、説明書を付けました: 別業者の査定420万円に対し買取400万円。差額20万円を、売れ残り期間の固定資産税と管理費、施設費の取り崩しの回避と比べて説明しています。差が大きい場合は、この説明で許可が下りるとは限りません
  • 長女が後見人に選ばれたのは、条件がそろっていたからです: 兄妹の意見が一致し、母との貸借もなく、財産が預金と実家だけでした。不動産売買が予定されている申立てでは専門職や監督人が付く可能性があるため、専門職後見人が選ばれた場合は年20万円台前後の報酬が毎年加わると見込んでください

鑑定が入れば、鑑定期間(1か月以内が52.6%)と鑑定費用が3か月目に上乗せされます。兄妹の意見が割れていれば、親族照会で長引き、後見人も専門職になりやすくなります。

親がまだ元気なら|任意後見という備え

💡 この章の要点: 任意後見は、判断能力があるうちに公正証書で結んでおく契約です(任意後見契約に関する法律第3条)。効力は家庭裁判所が任意後見監督人を選任して初めて生じます(第4条)。認知症が進んでからでは結べないため、「今は元気な親」を持つ読者向けの予防策です。

この章だけは読者が変わります。すでに親の判断能力が失われているなら、前章までの法定後見が現実の道です。任意後見は契約に判断能力が必要なため、認知症が進んだあとから新たに結ぶことはできません。

親が施設に入って実家が空いたばかりで、まだ判断能力があるなら、後見の備えと並行して、実家を残すか、貸すか、売るかを親の意思で決めておく道もあります。親名義のまま売る手続きと、入所日から動き出す期限は親が施設に入り実家が空き家になったときの決め方に整理しています。

制度の骨格

任意後見契約は、判断能力が不十分になったときの生活、療養看護、財産管理の事務を受任者に委託し、代理権を与える委任契約です(第2条)。誰に何を任せるかを本人が元気なうちに決める点が法定後見と違います。

項目 法定後見 任意後見
始め方 判断能力が不十分になってから家庭裁判所に申立て 判断能力があるうちに公正証書で契約し、登記する
代理する人を決めるのは 家庭裁判所 本人(契約で事前に指定)
代理権の範囲 後見なら包括的。保佐・補助は審判で個別に付与 契約で定めた範囲(実家の売却を入れるかどうかは契約時に決める)
効力が生じるとき 審判で後見人等が選任されたとき 家庭裁判所が任意後見監督人を選任したとき(第4条)
監督する人 家庭裁判所(必要に応じて監督人) 任意後見監督人が必須。受任者の配偶者、直系血族、兄弟姉妹は監督人になれない(第5条)
契約の費用 なし(申立費用は別) 公正証書の作成手数料など

費用と手続き

  • 公正証書の作成手数料: 公証人手数料令では、目的の価額を算定できない法律行為は500万円とみなし(第16条)、その区分(200万円超500万円以下)の手数料は1万3,000円です(2026年5月施行の改正後の別表)。これに正本や謄本の交付手数料、公証人が出張する場合の費用が加わります
  • 任意後見監督人選任の申立て: 収入印紙800円と登記手数料1,400円、郵便切手、診断書が要ります(裁判所)。申し立てられるのは本人、配偶者、四親等内の親族、任意後見受任者です
  • 本人の同意: 本人以外が申し立てる場合は本人の同意が要りますが、本人が意思を表示できないときは不要です(第4条3項)
  • 監督人の報酬: 家庭裁判所が決め、本人の財産から支払われます。最高裁の実情調査では、任意後見監督人(親族以外、付加報酬の求めなし)で流動資産100万円以上500万円未満なら年10万円未満が17.3%、10万円台が80.2%でした

実家の売却との関係で注意する点

  • 代理権の範囲に「不動産の処分」を入れておく: 契約に書かれていない行為は任意後見人にはできません。実家を売る可能性があるなら、契約時に明記します
  • 登記されていることが発効の条件です(第4条1項)
  • 監督人選任後に法定後見が始まると、任意後見契約は終了します(第10条3項)。契約が登記されていれば、法定後見は本人の利益のため特に必要な場合に限られます(同条1項)
  • 家族信託という選択肢もあります: 判断能力があるうちに財産管理を家族に託す仕組みですが、設計は専門家との相談が前提です。この記事では制度の存在の紹介にとどめます

2026年の法改正|後見・保佐は「補助」に一元化される(施行日は未定)

💡 この章の要点: 2026年6月成立の改正法(令和8年法律第45号)で、後見・保佐の制度は廃止され補助に一元化されます。ただし施行日は未定です(公布から2年6月を超えない範囲で政令で定める日)。施行までは現行の3類型で手続きが動き、施行後も利用中の後見は基本的にそのまま続けられます。

成年後見制度は、いま大きな転換点にあります。法務省の案内と改正法の概要から、この記事に関わる部分を抜き出します(2026年9月確認)。

  • 成立・公布: 「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)が2026年6月17日に成立し、6月24日に公布されました
  • 中身: 後見および保佐の制度を廃止して補助の制度に一元化し、本人にとって必要な範囲で代理権や取消権を付与する仕組みに変わります
  • 施行日: 成年後見制度の見直し部分は、公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内で政令で定める日とされており、まだ決まっていません

何が変わるか

論点 現行 改正後
類型 後見・保佐・補助の3類型を判断能力の程度で画一的に決める 補助に一元化。必要な事項について代理権・取消権を付与する
判断能力を欠く常況の人 後見(包括的な代理権・取消権) 補助を開始したうえで、法定の重要な財産行為を取り消せる「特定補助」の仕組みを選択できる
終了 判断能力が回復しない限りやめられない 利用の必要がなくなったと家庭裁判所が認めるときは終了できる
任意後見 任意後見監督人が必須 家庭裁判所が明らかに監督の必要がないと認めるときは監督人を選任せず直接監督できる

いま申し立てるべきか、待つべきか

「どうせ変わるなら待ったほうがいいのか」と考えるかもしれません。判断材料は3つです。

  • 施行日が未定である以上、いま売却の必要があるなら現行制度で動くことになります。最長2年半になりうる期間を待つ間も施設費は出ていきます
  • 施行後も、利用中の後見・保佐は基本的に現行法の内容で継続できます(改正法の概要・経過措置)。いま後見を始めたからといって、施行日に手続きをやり直す必要はありません。新制度に移行したい場合や、利用を終了したい場合は、施行後に申立てをする道が用意されます
  • 「売却が終わったら後見をやめたい」家族にとっては、改正後のほうが使いやすくなります。現行では売却後も後見が続きますが、改正後は必要がなくなれば終了を申し立てられます。施行を待てる余裕がある家庭なら、この差は検討に値します

改正をまたぐ場合の扱いは、申立て前に司法書士や弁護士に確認してください。

認知症の親の家の売却でよくある質問

💡 この章の要点: 多い誤解は2つ。「家族の委任状で売れる」と「後見人が付けば自由に売れる」です。どちらも通りません。個別の判断は必ず司法書士・弁護士に相談してください。

1. 軽度の認知症なら、親本人が契約して売れますか?

契約の時点で意思能力があれば売れる可能性はあります(民法第3条の2)。ただし、あとから無効を争われるリスクを避けるため、契約日に近い時期の医師の診断を取り、司法書士や弁護士に立ち会ってもらったうえで進めてください。すでに後見が始まっている場合は、本人の契約は取り消せる行為になる(第9条)ので、後見人が代理します。

2. 家族が委任状をもらって代理で売れませんか?

意思能力を欠いた親は、有効な委任状を作ること自体ができません。委任状を書くことも法律行為だからです。この状態からの代理売却の道は、成年後見制度に限られます。

3. 子どもが成年後見人になれますか?

申立ては本人、配偶者、四親等内の親族、市町村長などができます。ただし、誰を後見人にするかは家庭裁判所が決めます(民法第843条)。令和7年の統計では親族が選任されたのは16.4%です。

東京家裁の手引は、不動産の売買が予定されている場合や親族間に意見の対立がある場合に、候補者以外を選任したり監督人を付けたりする可能性があるとしています。実家の売却が目的の申立てはこの例に当たり、兄弟が反対していればなおさらです。申立て前に査定額を共有し、代金がすべて親のために使われることを説明しておくと、対立の芽を減らせます。

4. 後見人が付けば必ず売れますか?

居住用不動産なら家庭裁判所の許可が必要で、許可されるかは事案ごとの判断です。契約書の案、評価証明書、詳しい査定書で必要性と価格の妥当性を示す準備が実務の中心になります。許可を得ずに売った契約は無効です。

5. 保佐で申し立てれば、後見より早く売れますか?

早くはなりません。保佐人には不動産売却の代理権が自動では付かず、代理権付与の審判を別に申し立てる必要があります(民法第876条の4)。しかもその審判には本人の同意が要ります(同条2項)。親本人が「売りたくない」と言えば、そこで止まります。診断書の判定が後見相当なら、後見で申し立てるのが結局は近道です。

6. 売却代金を子どもの生活費や住宅資金に使えますか?

使えません。家が親名義である以上、代金は親の財産です。後見人は本人の財産を管理して本人を代表し(民法第859条)、本人の意思を尊重して事務を行う義務を負います(第858条)。後見人自身が代金を借りるなど本人と利益が相反する行為は、特別代理人の選任が要ります(第860条)。

7. 売却が終わったら、後見をやめられますか?

現行制度ではやめられません。後見は本人が回復するか亡くなるまで続き、当初の目的を達成しても終わりません(裁判所Q&A)。専門職後見人なら報酬も続きます。2026年成立の改正法は、必要がなくなったときに終了できる仕組みを設けていますが、施行日は未定です。

8. 売らずに、相続まで待つのはありですか?

選択肢としてはありえます。ただし待つ間も空き家の管理と税負担は親の財産から出続け、相続後には相続登記や遺産分割という別の手続きが待っています。相続後の売却は相続した空き家の売り方、登記の義務は相続登記の義務化を参照してください。

9. 家が共有名義で、共有者の1人が認知症の場合は?

共有者全員の関与が絡む、この記事とは別の論点になります。共有名義の空き家の売却で扱っていますので、そちらを参照してください。

10. 後見の申立て前に、査定だけ受けてもいいですか?

受けられます。査定を受けることは売買契約ではないので、家族の判断で先に進められます。業者には「成年後見の処分許可に使う」と伝え、鑑定書に準じた詳しい査定書を依頼してください。

11. 後見人が親の家を売った場合、譲渡所得の3,000万円控除は使えますか?

使える可能性があるのは、相続空き家の控除ではなく、マイホームを売ったときの3,000万円特別控除(国税庁 No.3302)です。売主は後見人ではなく親本人なので、親が住んでいた家の譲渡として扱われます。押さえる点は3つです。

  • 期限があります: 以前住んでいた家は、住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売る場合に限られます。施設への入所などで住まなくなった日が起点になるため、入所から時間が経っている家では、後見の手続きに要する月数がそのまま期限を圧迫します
  • 子や親族に売ると対象外です: 親子や夫婦など特別の関係がある人への譲渡には適用されません。「長男が買い取る形にすれば早い」という案は、この控除を失います
  • 取得費が不明な家ほど効きます: 親が何十年も前に建てた家は取得費が分からず、売却額の5%を取得費とする計算になりがちで(国税庁 No.3258)、控除がなければ売却額のほぼ全体が課税対象になります

後見人は本人の財産を管理して本人を代表するため(民法第859条)、確定申告も後見人の事務です。要件の当てはめは個別事情で変わるため、契約前に税理士か税務署に確認してください。譲渡所得の計算全体は空き家の譲渡所得税にまとめています。

動くなら早いほうが選択肢が多い

空き家には「特定空家指定で固定資産税が最大6倍」「相続から3年以内の譲渡で3,000万円特別控除」など、期限のある制度が複数あります。 売却を決める前でも、いま無料査定を取っておくだけで判断材料が増えます。

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まとめ|「無効の壁」は成年後見と家裁の許可で越える

💡 この章の要点: 認知症で意思能力を欠く親の家を売る正規ルートは成年後見制度+家庭裁判所の許可の一本です。審判は約7割が2か月以内と通説より速く、査定書の準備が手続きの実質的な出発点になります。後見は売却後も続くので、報酬と管理の継続を含めて家族で決めてください。

要点を並べ直します。

  • 意思能力を欠く親名義の家は、本人の契約も家族の委任状による代理も無効の壁を越えられません
  • 売る道は法定後見です。売却を代理できるのは原則成年後見人で、居住用に当たれば家庭裁判所の許可が要ります。保佐・補助は代理権付与に本人の同意が要ります
  • 許可の申立てには契約書の案、評価証明書、詳しい査定書が要るため、査定の取得が手続きの最初の一歩になります。買取は書類が早くそろう一方、査定より低い価格なら説明書が要ります
  • 後見開始の審判は約71.1%が2か月以内に終局。そこに確定と登記の約1か月、処分許可の時間を上乗せして計画を立てます
  • 後見人の報酬は本人の財産から出て、売却後も後見は続きます。専門職が付けば年20万円台前後が毎年かかる前提で考えます
  • 後見・保佐を補助に一元化する改正法が2026年に成立しましたが、施行日は未定。いまは現行の3類型で動き、申立ての設計は司法書士・弁護士への相談が前提です

専門家への相談と並行して、家がいくらで売れるのかを査定で把握しておくと、家庭裁判所への説明も家族での話し合いも具体的になります。

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成年後見での売却では、査定書が処分許可の申立て資料の一つになります。売ると決める前の相談・査定は無料で、しつこい営業はありません。手続きの進め方は司法書士・弁護士への相談とあわせてご検討ください。

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